1999年に国民戦線は内紛で分裂し、
2002年の
大統領選挙では
泡沫候補視されていた。ところが、犯罪への社会不安から急速に支持を拡大。投票日の2日前に
オルレアンで一人暮らしの男性の家が放火される凶悪事件があり、前大統領でこの時の選挙の勝者になる
ジャック・シラク候補が、治安問題を争点にしたことも、ルペンへの追い風になった。この選挙で、外国人の帰化について「日本と
スイスの国籍法
[両国の国籍法は出生地主義ではなく血統主義と誤解されているが、実際は日本の場合は国籍は親の血統でなく国籍によって授与される。ドイツのように何世代も前の血統が証明されれば国籍の申請ができるようなものではない]は完全にわれわれの考えと一致する。われわれが人種的な偏見を持っていると指摘されるのはおかしい」と主張。また、移民の間でも、ルペンが移民の中でも特に
イスラム教徒の排斥を訴えた
[このためホロコーストを軽んじていた過去の言動にも関わらず、ユダヤ教徒の一部はルペン支持に流れたという]。ルペンはシラク(得票率19.71%)に次ぐ16.86%を記録し、
社会党有力候補
リオネル・ジョスパン(16.12%)を上回り決選投票まで残った。この結果にEU諸国は騒然とし、ルペン・ショックを引き起こした。この選挙では
トロツキスト政党である
革命的共産主義者同盟(LCR)の
オリヴィエ・ブザンスノ候補が
共産党(PCF)の
ロベール・ユー候補の得票を上回るなど、
極左も得票を伸ばしており、「
コアビタシオン」(保革共存)への不満が両極に集まったとの見方もされた
[ルペンは支持を伸ばしたとはいえ、これまでの大統領選ならば、決選投票に残れる得票率ではなかった]。
第一回投票の世代別投票動向(フランス大手調査機関・IPSOS調査) を見ると、16人いる候補者の中で18〜24歳ではルペン党首が一番人気で16%もの支持を獲得、2位のシラク候補・ジョスパン候補は各々14%。25〜34歳ではシラク支持が18%(1位)なのに対し、ルペン支持は17%(2位)。職業別で見ると、失業者のルペン支持は38%でダントツ1位。2位のジョスパン支持(13%)に大差をつけている。肉体労働者の支持率でも30%とルペンが2位のジョスパン(15%)を圧倒。失業者や肉体労働者、若者がルペン支持に傾斜して、ルペン・ショックが起きた。