元来、ECはおもに経済や社会、通商に関する機関であった。
欧州委員会や
欧州司法裁判所はともに、その構成員が加盟国政府によって任命されるものではあるが、業務については各国政府から独立しており、ECの枠組み内においては多くの権限が与えられていた。また
欧州議会はEC加盟国に居住する市民の直接選挙で選ばれているが、同様にある程度の独立した権限を有していた。各国政府は
欧州連合理事会において強大な権限を保持していたが、1980年代半ば以降、表決にあたっては
特定多数決方式(QMV)を採用しており、およそ71%の事案がQMVで表決されていた。ECのこのようなシステムを共同体の秩序、あるいは
超国家性と言われ、ECの諸機関は加盟国政府の権限行使による直接的なコントロールは受けず、その一方で加盟国政府はEC諸機関が反対する決定を多数決によって強制することができるものである。
批准過程においてマーストリヒト条約は3か国で困難に直面した。まず、
デンマークは1992年
6月2日に
国民投票を実施し、およそ50,000票差で批准を拒否する結果となった。この結果の影響は
フランスにおける国民投票にも波及し、51.05%が賛成票を投じ、僅差で反対票を上回り批准にこぎつけた。その後デンマークについて、4つの例外条項をもうけた
エディンバラ議定書を付すことで、1993年
5月18日に批准することができた。このほか
イギリスでは
庶民院において、マーストリヒト条約の社会政策条項に関するオプト・アウト(免除規定)を野党・
労働党や
自由民主党が反対、また与党・
保守党内でも条約自体に懐疑的な議員が反対に回るなどして批准が否決された。保守党内の庶民院の造反議員の数は半数を超えるものであり、これによって
ジョン・メージャー政権は議会の信任を失った。