1844年8月20日、
紀州藩藩士
伊達宗広(
伊達千広とも)と政子(渥美氏)の六男として生まれる。幼名は牛麿(うしまろ)。生家は
伊達騒動で知られる、伊達政宗の末子・
伊達兵部宗勝の後裔と伝えられるが、実際は古くに陸奥伊達家から分家した駿河伊達家の子孫。
伊達小次郎、
陸奥陽之助と称する。国学者・歴史家としても知られていた父の影響で
尊王攘夷思想を持つようになる。父は紀州藩に仕え財政再建をなした重臣であったが、宗光が8歳のとき(
1852年)藩内の政争にやぶれて失脚したため、一家には困苦と窮乏の生活がおとずれた。